理解不能?な組踊

沖縄の伝統文化の粋である歌舞劇「組踊」が上演される機会がありますが、そこで配布されるプログラムに内容理解のための台詞が掲載されていることが多くあります。ところが、それが実際に舞台で歌われたり、唱えられているものと違っているので、観客にはまったく理解できないものになっています。一例として「執心鐘入」の出だしの一部を紹介します。引用させていただいたのは

組踊
観客のための現代仮名遣いで易しく読める
執心鐘入
編者 國吉眞正 音源調査・聞取り 遠藤友和
発行時期 2017年9月
発行 沖縄言語教育研究所

です。この資料は正確な記述で、今後長く参照される価値があるものです。

伝統的表記例<参考>
若松道行歌 金武ぶし
るてだや西にし
ぬのだけになても、
しゅみやだいりやてど
ひちよりきゆる。
若松詞
わぬや中城なかぐすく
わかまつどやゆる。
みやだいりごとあてど
しゅにのぼる。
(以下略)

現代仮名遣い(舞台での歌・唱えと一致)
わかま滋みちゆきうた ぶし
る廒だや西にし
ぬぬだき廒ん、
しゅめでいや廒嬨
一人懲ちゅいちゅる。
わかま滋
んやなかぐ流く
わかま滋嬨やゆる。
めでいぐ婢あ廒嬨
しゅぬぶる。
(以下略)

せりふの意味など
歌 金武節
日は西に傾いて、布の長さほどに地平線に迫り、暮れているが、首里に公用があって一人で行くのである。
若松
私は、まさに中城若松である。ご奉公のことがあって、首里に上る。
(以下略)

発音表記が正確で、詞章と実際の唱えとの対比や、沖縄語の意味がよく分かります。

ところが、プログラムによく記載されているのは上記の「伝統的表記」のみが掲載されるのがほとんどで、舞台で演じられる台詞との乖離があるので、観客はまったく理解できなくなります。さらに、「現代仮名遣い」で沖縄文字によりここで正確に表記されたものと、実際に演者が未熟ゆえ異なっている場合も多々あります。台詞や歌の意味を記載しているプログラムもありますが、この「せりふの意味など」のように正しく伝えず、解説者の能力不足から記述に誤りが散見される始末です。これでは無形文化遺産が泣きます。 おそらく演者は師匠から教わった通りにやっているのでしょうが、その師匠からして首里語ができず、正しい発音ができていないのでしょう。首里語話者がほぼ絶滅した現状では音声アーカイブによってしか発音が学べません。残された音声資料を手掛かりに、発音の研鑽を師匠、演者とも真剣に取り組むべきでしょう。解説者も固有表現、慣用表現に精通してなければなりません。「どうせ観客には分かるまい」と、いい加減に組踊を続けていてはお先真っ暗です。うちなーぐち、特に首里の言葉の持つ美しい響きあっての組踊です。