伊波普猷 琉球戯曲集:校註

組踊を調べる上で欠かせない資料である「琉球戯曲集:校註」(伊波普猷 1929年初版)が復刻版(11,600円)として出版されています。内容については国会図書館のデジタル資料で閲覧できます。見開き紙面の写真撮影画像なので、スマホでは読みづらく、パソコンかタブレットでもかなり経年変化による変色がありますが、それでも十分役に立ちます。台本が沖縄語でどう読まれているのか、伊波普猷が発音をアルファベットを利用した表記法で書いてます。この表記法は沖縄語の発音に忠実なのですが、表音なのでかなり分かりづらいでしょう。収録されている玉城朝薫の五番として有名な

二童敵討にどう廒ちうち
執心鐘入しゅうしんかにいり
銘苅子みかるし
孝行こうこうまち
歹んなむぬぐるい

については、沖縄言語教育研究所の國吉眞正さんが解説を含め沖縄文字で分かりやすい資料を作成し、順次発表されているので、いずれまとまって発表されることと思います。

さて、この本の中の眞境名まじきな安興あんこう(執筆当時沖縄県立図書館長)の「組踊と能楽との考察」は一読の価値があります(眞境名安興についてはウィキペディアを参照してください)。朝薫の組踊は能楽に着想を得たものが多くありますが、能楽が仏教的無常観で救いのない悲劇を描いているのに対し、朝薫の組踊は明るい未来へに向かうストーリーになっている点を、眞境名が詳しく解説しています。強いて言えば、能楽をさらに進めた新しい舞台芸術への試みと捉えている点が興味深かったです。なお、文章は旧漢字と旧仮名遣い、さらに語彙も現在とは異なるものが多いので読むのに苦労するかも知れませんが、組踊の芸術性を理解する上で大いに役に立つことでしょう。

組踊理解に向けて

伝統芸能である組踊を鑑賞する上で、共通語(いわゆる標準語)に近い言葉で書かれている台本と、実際に舞台で唱えられている沖縄語の違いに戸惑います。沖縄語の話者であれば、台本を沖縄語に「読み下す」ことは造作もないことですが、私たちのように共通語に慣れているものにとっては、唱えを理解できません。例えば、能「羽衣」に着想をえた「銘苅子」を見てみます。独立行政法人日本芸術文化振興会のサイトにある組踊「銘苅子」を見ると、「台本」、「読み」、「現代語訳」があります。「台本」と「現代語訳」は読みやすいのですが、「読み」はカタカナの沖縄語表記で非常に読みづらいものになっています。

冒頭の部分は

ディヨーチャルムヌヤ
ミカルシー
ファルヌイチムドゥイ
ファルヌユッチャイニ
アヌマツィヲゥミリバ
アヌカワワヌムトゥニ
ティントゥヂニフィカリ
サシマワティカラニ
カバシャニヲィダカサ
シジャヌクトゥナラン

これでは言葉としてどこでどう切ればよいのか、まったく分かりません。沖縄文字を使用して、沖縄語の発音を正確に表すと、

よーちゃるむぬかるしー
はるむ嬨
はるぬゆっちゃいに
あぬま滋りば
あぬかわぬむ婢に
廒ん懲かり
さしまわ廒からに
かばしゃに瀞だか
しぢゃぬく婢ならん

のようになります。私たち共通語話者にもがぜん分かりやすくなりますね。それだけでなく、これから組踊をやってみようという若い人たちにも役にたちそうです。組踊の保存・継承はこのような広く理解されるものにしてゆく努力が必要ですが、現実はただあるがままを舞台に乗せて見せているだけなのは残念です。