投稿者: 小林

二童敵討（にどう廒ちうち）
執心鐘入（しゅうしんかにいり）
銘苅子（みかるし）
孝行（こうこう）ぬ巻（まち）
女（歹んな）物（むぬ）狂（ぐるい）

については、沖縄言語教育研究所の國吉眞正さんが解説を含め沖縄文字で分かりやすい資料を作成し、順次発表されているので、いずれまとまって発表されることと思います。

さて、この本の中の眞境名（まじきな）安興（あんこう）（執筆当時沖縄県立図書館長）の「組踊と能楽との考察」は一読の価値があります（眞境名安興についてはウィキペディアを参照してください）。朝薫の組踊は能楽に着想を得たものが多くありますが、能楽が仏教的無常観で救いのない悲劇を描いているのに対し、朝薫の組踊は明るい未来へに向かうストーリーになっている点を、眞境名が詳しく解説しています。強いて言えば、能楽をさらに進めた新しい舞台芸術への試みと捉えている点が興味深かったです。なお、文章は旧漢字と旧仮名遣い、さらに語彙も現在とは異なるものが多いので読むのに苦労するかも知れませんが、組踊の芸術性を理解する上で大いに役に立つことでしょう。

冒頭の部分は

ディヨーチャルムヌヤ
ミカルシー
ファルヌイチムドゥイ
ファルヌユッチャイニ
アヌマツィヲゥミリバ
アヌカワワヌムトゥニ
ティントゥヂニフィカリ
サシマワティカラニ
カバシャニヲィダカサ
シジャヌクトゥナラン

これでは言葉としてどこでどう切ればよいのか、まったく分かりません。沖縄文字を使用して、沖縄語の発音を正確に表すと、

出（廙）様（よー）ちゃる者（むぬ）や銘（み）苅（かる）子（しー）
原（はる）ぬ行（い）ち戻（む嬨）い
原（はる）ぬゆっちゃいに
あぬ松（ま滋）ゆ見（み）りば
あぬ川（かわ）ぬむ婢に
天（廒ん）婢地（ぢ）に光（懲かり）
さしまわ廒からに
かばしゃ匂（に瀞）高（だか）さ
しぢゃぬ事（く婢）ならん

のようになります。私たち共通語話者にもがぜん分かりやすくなりますね。それだけでなく、これから組踊をやってみようという若い人たちにも役にたちそうです。組踊の保存・継承はこのような広く理解されるものにしてゆく努力が必要ですが、現実はただあるがままを舞台に乗せて見せているだけなのは残念です。

能天気でお調子者の鍛冶屋の加那、惚れた男に自分の摸相（もあい）（頼母子講）の金を差し出す真牛（もーし）（尾類（じゅり）、遊女、芸者）、金が入ってホクホク現金なおかみ、と三者を演ずる嘉手刈と登川は何度聞いても見事です。実際の舞台の環境では聞き取りにくい歌詞は以下を参考にしてください。

＝歌詞＝
美（ん）里（ざ婢）間（ま）切（じり）ぬ伊（い）波（慠）ぬ金（かん）細（ぜー）工（くー）ぬ　てー慠加那（かな）懲　喰（彩）廒加（か）那（な）懲が　せるく婢や　ひーよーひ－よー　嬨―がねー　ゆやっさささ　ゆやさぬさー
辻（滋じ）ぬ時（婢ち）ぬ真（もー）牛（さー）　しまぬ二（に）才（せ）達（た）ん　案（あん）内（ねー）なしくに　引（懲）ち越（く）さい
えー加那（かな）懲―　一（ちゅい）月（滋ち）三（さん）十（じゅー）日（にち）なるま廙　我（わ）がかねーや　いちゃし呉（惘）ゆが
心（し）配（わ）すな真（もー）牛（さー）　親（うや）ぬゆじりぬ　ふーちんあいよ　金（かな）具（か）んあいよ　うり売（う）廒あんまー　返（懲ん）済（せ）すんてー
うりからよいよい　上（晴）泊（嬨まい）鍛（かん）冶（じゃ）屋（やー）や　走（は）ち来（ち）ゃりば
ふーち買（こ）んそり　金（かな）具（か）買（こ）んそり　さんてーまん　買（こー）ゆる人（懲婢）や　一人（ちゅい）ん居（歹）らん
言（搜）る内（うち）する内（うち）　泊（婢まい）高（たか）橋（はし）　走（は）ち来（ち）ゃりば
えー真（もー）牛（さー）　揄―や　望ま歹廒　煙草（たばく）吹（ふ）ち居（歹）り　我（わ）んやあま行（望）じ　俵（たーら）銭（じん）借（か）廒来（く）―
あまや行（望）じゃく婢　てー慠加那（かな）懲　喰（彩）廒加那（かな）懲ん廙言（い）ち　銭（じん）借（か）らする人（懲婢）や居（歹）らん
えー真（もー）牛（さー）　わした男（歹婢く）ぬ　泊（婢まい）高（たか）橋（はし）　返（けー）り落（う）廒ら
ま滛ま廒加那（かな）懲　去（望）じゃる三（さん）月（廙ち）三（さん）日（にち）　三（さん）貫（徭ん）摸合（むえー）や取（婢）てうちぇーさ　うり取（婢）廒あんまー　返（懲ん）済（せ）すんてー
さ廒む真（もー）牛（さー）　う首尾（すび）さる杖
言（搜）る内（うち）する内（うち）　西（にし）武（ん）門（じょー）走（は）ち来（ち）ゃりば
えー加那（かな）懲くまぬ町（まち）屋（や）に置（う）ちぇーる　くーがくびちん　銭（じん）ん担（かた）み廒先（さち）なりよ
言（搜）る内（うち）する内（うち）　時（婢ち）ぬ門（じょー）や　走（は）ち来（ち）ゃりば
う流たいびら　誰（たー）がやー　いっ達（たー）真（もー）牛（さー）　そー廒来（ち）ゃーびたん
えー加那（かな）懲　一（ちゅい）月（滋ち）三（さん）十（じゅー）日（にち）なるま廙　我（わ）っ達（たー）真（もー）牛（さー）や　かんしよーがらち
えーあんまー　いっ達（たー）真（もー）牛（さー）や　去（望）じゃる月（滋ち）から　かん嬨あたる
えー加那（かな）懲　うりん済（し）むしが　島（しま）ぬ滋婢ん　かねーん持（む）っち来（ち）ゃがや
えーあんまー　わした男（歹婢く）ぬうりん遅（うく）りゆみ
果（か）報（ふー）し加那（かな）懲　裏（うら）座（ざ）んま嬨やい　入（い）っち遊（あ流）び

大型連休で沖縄旅行を楽しまれたひとも多いことと思います。沖縄観光のメインスポットに「美（ちゅ）ら海水族館」がありますが、「美ら」を「ちゅら」と読むことに違和感があるひとがいるでしょう。実は沖縄語で形容詞の「美（うつく）しい」＝「清（ちゅら）さん」です。古語では、例えば枕草子で「美しい」ことを「清（きよ）ら」としていて、語源は同じなのです。そうすると、「美ら海」は当て字で、本来は「清ら海」とすべきなのでしょうが、共通語話者には「きょらうみ？」と読まれます。そこでフリガナを付けて「美（ちゅ）ら海」としたようです。厳密なウチナーグチ話者からは「びらうみ」とは何だ！と不評です。しかし、漢字には音読と訓読二通りの読み方があるように、沖縄語読みとしておいてもいいような気がしますが、どうでしょうか。

出様（でよう）ちゃる者（むぬ）や薬缶（やっ彩ん）ぬ按司（あじ）
茶盆（ちゃぶん）、ちゅーかー取（婢）い逃（ぬが）ちねらん
聞（ち）けば箪笥（たんし）大主（うふぬし）隠（かく）ちあん廒やい知（し）らし火（び）ぬあたん
明日（あちゃ）明（あ）き廒明日（あちゃ）や戦（いく）さ押（う）し寄（よ）し廒
憎（にく）さ大主（うふぬし）切（ち）り殺（くる）ち退（嬨）き廒
夢（ゆみ）ぬ間（ま）ぬ浮世（うちゆ）楽（らく）しゅらん婢思（う）みば
急（いす）じ此（く）の事（く婢）や早（はや）みぶさぬやー
鍋子（なーび徭）ぬ子（しー）、あんびんぬ比屋（ひゃー）
ふー
逃（にが）ちあん婢む廒
気（ち）に掛（か）か廒居（歹）たる茶盆（ちゃぶん）、ちゅーかーや
聞（ち）きば勝連（か滋りん）に箪笥（たんし）大主（うふぬし）隠（かく）ちあん廒やい、今（なま）嬨我（わ）ね聞（ち）ちゅる
明日（あちゃ）ぬ明（あき）明（あき）に戦（いくさ）押（う）し寄（ゆ）し廒
憎（にく）さ大主（うふぬし）切（ち）り殺（くる）ち退（嬨）き廒
（後略）
（「ちゅーかー」は急須、「あんびん」は土瓶）

いかがでしょうか。この後、ひぬかぬ城（ぐしく）（カマド城）に攻め込む様子が、家来のナベにより語られます。

これが一般に笑い受けされるには、第二次世界大戦前には古典の組踊がよく知られていた素地があったからです。事実、戦前の中学生もこの真似をして、仲間で大いに楽しんでいたそうです。うちなーぐち（沖縄語）が普通に使われていた時代には、組踊も現在の沖縄県人の大半が「何言ってんだか分からない」状態ではなかったのですね。